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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)1770号 判決

原告 株式会社 山新

右代表者代表取締役 新海武

右訴訟代理人弁護士 今井安榮

被告 永坂良一

被告 小林孝一

右両名訴訟代理人弁護士 天野茂樹

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金五一三八万九五二六円及びこれに対する昭和五九年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、鮮魚・水産加工品の販売、缶詰、乾物類の販売及び附帯関連事業等を目的とする会社である。

(二) 小林食品株式会社(昭和五五年九月一日から株式会社小林メイカン、昭和五八年一〇月三一日から永坂食品株式会社とそれぞれ商号変更。以下「訴外会社」という。)は、乾物・塩干・瓶缶詰食品の卸売業及びこれに附帯する一切の業務を目的とする会社である。

(三) 被告永坂良一(以下「被告永坂」という。)は昭和五〇年六月二日の訴外会社の設立以降同社の代表取締役に就任しており、被告小林孝一(以下「被告小林」という。)は昭和五五年八月二七日に就任して以降同社の取締役である。

2  訴外会社の営業経過

(一) 訴外会社は、昭和五〇年六月二日設立されたが、その前身である総合食品卸小林支店の時代から原告と株式会社メイカン(以下「メイカン」という。)を主要な仕入先としていた。

(二) オイルショックにより好景気が去ると、一般消費者の買い控え、大手スーパーマーケットの進出、それまでの設備投資の負担などのマイナス要因によって、訴外会社は、徐々に経営内容が悪化し、昭和五三年八月一〇日ころメイカンに対する支払手形につき不渡りを出した。

(三) そこで、昭和五三年八月一二日ころ、メイカンの本社事務所にメイカン代表者の佐藤良嶺、原告代表者新海武、被告永坂及び同小林が集って善後策を協議した。

そのころ、訴外会社は、原告に対し約七五〇〇万円、メイカンに対し約六〇〇〇万円の買掛金債務を負っていたが、右協議により買掛金の返済につき右関係者間において次の合意が成立した。

(1) 原告に対する買掛金債務につき以後毎月一五〇万円ずつ分割返済を行い、今後の仕入商品の代金につき翌日決済する。

(2) メイカンに対する買掛金債務につき以後毎月一〇〇万円ずつ分割決済を行い、かつ、訴外会社と被告永坂が所有する土地及び建物につき根抵当権を設定する。

(四) 訴外会社は、右の合意による返済猶予を得て何とか操業を継続したが、資金繰りは相変らず困難な状況にあった。

(五) そこで、昭和五五年になって、メイカンから訴外会社に対し、経営をグループ化して共同で行ってはどうかとの申入れがあり、被告永坂はこれを受け入れたので、メイカンは訴外会社に対し三〇〇万円を出資し、訴外会社は、いわゆるメイカングループの一員として、その傘下に組み込まれることになった。

こうして同年九月一日、訴外会社は、「小林食品株式会社」から「株式会社小林メイカン」と商号変更し、メイカンは、横井栄次(以下「横井」という。)、森田正雄及び数名のスタッフを訴外会社に派遣した。そして、横井が取締役、森田が監査役に就任し、それぞれ資金繰りの責任者となり、被告永坂が仕入と販売を担当することとなった。以後、訴外会社では、メイカン主導で毎月の売掛金回収・現金売等の収入予定、債権者への支払予定、取扱商品の粗利率の設定など詳細な資金繰表による資金繰計画が立てられた。

(六) なお、小林食品株式会社の債務は昭和五五年八月三一日現在で株式会社小林メイカンに引き継がれたので、原告と訴外会社は、同年一〇月二三日、従前の訴外会社の原告に対する買掛金債務五四二四万円につき準消費賃借契約を締結した。そして、右債務の一部は弁済され、その残額は、昭和五七年四月二〇日現在においては二五一四万八三八一円であり、訴外会社の後記倒産時においては一一四九万八三八一円であった。

(七) しかしながら、昭和五五年一月一日から昭和五七年一〇月三一日までの訴外会社の経営状況は別表のとおりであって、資金繰りは相変らず困難な状況であった。

3  任務懈怠及び損害の発生

(一) 訴外会社の原告に対する買掛金の支払は、昭和五六年八月ころから遅滞することがあった。

(二) そこで、原告は、訴外会社の支払能力の悪化を懸念し、原告の決算期である昭和五七年三月訴外会社との商取引を停止する旨決定した。

(三) 原告は、訴外会社に対し、昭和五七年四月原告の右決定を伝えるとともに、昭和五五年一〇月二四日から同五七年四月二〇日までの売掛残金合計三〇三四万三一三二円の支払を求めた。

(四)(1) しかるに、被告永坂は、訴外会社の代表取締役として、前記2(七)記載のとおり訴外会社の資金繰りが苦しい状況にあり、したがって取引を継続するとしても取引代金の円滑な支払が困難であることを容易に知りうる立場にありながら、被告小林と協議の上、原告から今後仕入れる商品につき五日間取引・五日後払を必ず実行するから取引を継続してほしい旨申し入れ、これに対し原告は訴外会社との関係も深いことから被告永坂の申入れに応じ、右売掛残金三〇三四万三一三二円については訴外会社から支払手形を受け取ることで帳簿決済することとし、取引を継続することにした。

(2) なお、右売掛残金については、原告は、昭和五七年九月八日債権額を三〇三四万三〇〇〇円に減額して訴外会社から支払手形の振出を受けた。この支払は、昭和五八年一月二五日以降、毎月一五〇万円宛の分割弁済とする約定であったが、訴外会社は昭和五八年一月から一〇月までの間(四月と五月を除く)に合計一二〇〇万円を支払ったので、訴外会社の後記倒産時においては残額は一八三四万三〇〇〇円であった。

(3) このようにして、原告と訴外会社の取引が継続された結果、昭和五七年四月二一日から同五八年二月五日までの間に、原告の訴外会社に対する新たな売掛残金として合計五一三八万九五二六円が生じた。

(4) ところが、訴外会社は、昭和五八年九月三〇日事実上倒産したため、原告は、右(3)記載の売掛残金を回収できなくなり、同額の損害を被った。

(5) 以上のとおり、原告の右損害は、被告永坂が、原告との取引を継続しても代金の円滑な支払が困難であることを容易に知りうる立場にありながら、代表取締役としての忠実義務、善良な管理者の注意義務に故意又は重大な過失により違反して取引を継続したことによるものであるから、同被告は、商法二六六条の三第一項により、原告の右損害を賠償する責任がある。

(五)(1) 被告小林は、訴外会社の取締役として被告永坂と同様に、取引を継続するとした場合には取引代金の円滑な支払が困難であることを容易に知りうべき立場にありながら、被告永坂と協議の上、原告からの仕入を継続する旨の決定をし、被告永坂は、前記(四)(1)記載のとおりその旨を原告に伝え、これに応じて取引を継続した結果、原告は前記(四)(3)及び(4)記載のとおり損害を被った。

(2) 仮にそうでないとしても、被告小林は、訴外会社の取締役として、被告永坂の行為を監視是正すべき義務があるのに、これを怠り、被告永坂が前記(四)(1)記載のとおりの行為をすることを放置したため、原告は前記(四)(3)及び(4)記載のとおり損害を被った。

(3) 以上のとおり、原告の右損害は、被告小林が、訴外会社が原告との取引を継続しても代金の円滑な支払が困難であることを容易に知りうべき立場にありながら、取締役としての忠実義務、善良な管理者の注意義務に故意又は重大な過失により違反して被告永坂の取引行為を放置したことによるものであるから、被告小林も、商法二六六条の三第一項により、原告の右損害を賠償する責任がある。

4  よって、原告は、被告らに対し、商法二六六条の三第一項に基づき、連帯して、五一三八万九五二六円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五九年六月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実について

(一)は認め、(二)は知らないし、(三)は認める。

(四)の(1)は否認する。昭和五五年に訴外会社がメイカングループに組み込まれた後は、訴外会社は、メイカン主導、つまり横井及び森田ら主導の下で経営がなされたものであり、被告永坂は、単に仕入及び販売を担当していたものにすぎない。したがって、訴外会社の資金繰りの状況など知るよしもなかった。

(四)の(2)は認める。

(四)の(3)及び(4)のうち、昭和五七年四月二一日から昭和五八年二月五日までの間に原告の訴外会社に対する売掛残金合計五一三八万九五二六円が生じたこと、訴外会社が昭和五八年九月三〇日事実上倒産し、原告が右売掛金を回収できなかったことは認め、その余は否認する。

(四)の(5)は争う。

(五)の(1)及び(2)は否認する。訴外会社が昭和五〇年六月二日に設立された際、被告小林は、訴外会社に一部出資したのみで経営には一切関与せず、役員にもならなかった。また、昭和五五年に訴外会社がメイカンに組み込まれた際、被告小林は訴外会社の取締役に就任したが、それはメイカンの指示による名目的なものにすぎず、従来どおり訴外会社の経営には関与しなかった。

(五)の(3)は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1(当事者)及び2(訴外会社の営業経過)の各事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3の事実について判断する。

1  訴外会社の原告に対する買掛金の支払が昭和五六年八月ころから遅滞することがあったこと、原告が訴外会社に対し、昭和五七年四月、訴外会社との取引を停止する旨伝えとともに、昭和五五年一〇月二四日から同五七年四月二〇日までの売掛残金合計三〇三四万三一三二円の支払を求めたこと、しかるに原告と訴外会社との取引は前記一(争いのない事実)に認定のような経緯のもとにその後も継続され、昭和五七年四月二一日から同五八年二月五日までの間に、原告の訴外会社に対する新たな売掛残金合計五一三八万九五二六円が生じたこと、訴外会社が昭和五八年九月三〇日事実上倒産したため、原告は右売掛残金五一三八万九五二六円を回収できなかったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そうすると、原告は、右五一三八万九五二六円の損害を被ったことを認めることができる。

2  そこで、原告は、右損害は被告らの任務懈怠によるものであると主張するので検討する。

(一)  取引継続の経緯とそのころの支払状況

前記争いのない事実(請求原因1、2)に、《証拠省略》によれば、、次のような事実が認められる。

(1) 訴外会社は、昭和五五年九月にメイカングループの傘下に組み込まれ、商号も小林食品株式会社から株式会社小林メイカンに変更となり、被告小林が取締役に就任し、小林食品株式会社の債務は同年八月三一日現在で株式会社小林メイカンに引き継がれ、メイカンから役員やスタッフが出向する傍、被告永坂が仕入と販売を担当することで経営の立て直しを図ろうとした。

(2) 訴外会社の取扱商品は塩干、漬物、惣菜、ドライ食品(瓶、缶詰食品・インスタント食品等で一般食品ともいう。)、生鮮品(野菜・果物・鮮魚)であったが、その営業形態は昭和四四年以降豊田市挙母町に店舗を構えての販売であり、セールス販売は一般食品の一部につきなされていたにすぎなかった。そこで、訴外会社は、全商品の月間売上目標を八三〇〇万円に置き、そのうちドライ食品の売上目標を三五パーセント、その余の食品の売上目標を六五パーセントとした。そして、役員の給与を減らし、取引銀行に対しては借入金の利息の引下げを求めるなどの方策を講じて経費の節減を図り、業績の改善を目指したところ、ドライ食品以外の食品の売上は頭打ちの状態であったが、ドライ食品の売上が従来より多少伸びたせいで、月間売上高は八〇〇〇万円から九〇〇〇万円に達し、経常利益は昭和五六年一〇月決算期には一時的にしろ五〇〇万円を計上した。

(3) この間、訴外会社は、原告に対し、昭和五五年八月現在で引き継いだ小林食品株式会社時代の債務五四二四万円を毎月百数十万円宛支払って来ており、昭和五七年四月二〇日現在においては右債務の残額は二五一四万八三八一円であった。

(4) しかし、訴外会社の営業状態を利益率及び資金繰りの観点からみると、訴外会社の取扱商品の粗利率はドライ食品よりもそれ以外の食品の方が比較的高かったが、その食品の売上が前記のように頭打ち状態で、ドライ食品の売上は若干伸びはしたものの、反面、ドライ食品は保存期間があるため販売の回転率が悪くて在庫を常時四〇〇〇万円位抱え込んでおり、これが訴外会社の資金繰りを圧迫する一因をなしていた。

(5) 右のことは決算報告書にも現われているのであって、訴外会社の昭和五五年一一月一日から同五六年一〇月三一日までの間の業績は、売上が約一〇億三二〇〇万円で、当期利益は前記の如く約五〇〇万円を計上したが、次期繰越損失は前年と同様に八〇〇〇万円を越えており、流動負債に対する流動資産の比率は五七パーセントで負債を返済するための資金繰りが困難な状況にあることを物語っていた。

(6) したがって、訴外会社の営業状態を改善するためには、売上の全般的な増加、特に利益率の高い食品の売上を増加することと、反面、ドライ食品の在庫を減らすなどして資金繰りをよくし、併せて経費の削減を図って業績を向上する以外には方策はなかったわけであるが、売上の増加は店舗販売が主体であったため多くは望めず、見通しは極めて困難な状況にあったものである。そして、訴外会社の原告に対する買掛金の支払は、昭和五六年八月ころから遅滞することがあった。

(7) そこで、原告は、訴外会社の支払能力の悪化を懸念し、原告の決算期である昭和五七年三月限り訴外会社との取引を停止しようと考え、同年四月その旨を訴外会社に伝えて、昭和五五年一〇月二四日から同五七年四月二〇日までの売掛残金合計三〇三四万三一三二円の支払を求めたのであるが、前記認定のような経緯で取引が継続されるに至った。

(二)  取引継続後の営業実績と支払状況

(1) 営業実績

《証拠省略》によれば、次のような事実が認められる。

訴外会社の店舗の隣には従前から市場があって、その市場へ買物に来る客が訴外会社の店舗へも買い物に寄ってくれたので、これが訴外会社の売上の重要な要因をなしていたが、昭和五七年四月豊田市高崎町に豊田市公設市場が開設され、従前の市場に出店していた業者は右公設市場の方へ移転し、従前の市場は閉鎖された。そこで、訴外会社も、右公設市場の開設を機に、一般食品部門を出店し、また、青果部門を分離し、有限会社三和青果という別会社を設立して出店した。これらは訴外会社の経営改善策の一環をなすものではあったが、それによってどれほどの効果が現われるかは定かではなかったし、訴外会社としての売上は青果部門ではなくなった。また、従前の市場の閉鎖に伴う客足の減少が訴外会社の一般食品(ドライ食品)以外の食品の売上に対しても深刻な影響を与えた。そのため、訴外会社の昭和五七年五月以降の売上は五〇〇〇万円台で推移し、この売上の低下によって訴外会社の業績の改善は全く望めない状態となり、横井も具体的な方策を見い出しえないまま、訴外会社は原告との取引を中止せざるをえなくなった。

(2) 支払状況

前記争いのない事実に、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

訴外会社が前記のように原告との取引を継続するようになった時点では、訴外会社は原告に対してだけでも二五一四万八三八一円と三〇三四万三一三二円(減額前)の二口の債務を負担していたが、従前からの別表のような経理状況に照らし資金繰りは困難で返済は容易でなかった。

しかるに、右取引継続後の売上状況が前記のような状況であったため、訴外会社の原告に対する買掛金の支払は、前示約束に反し昭和五七年六月ころから次第に遅れるようになり、やがて二か月以上も遅滞することが続き、同年九月一日から一四日までの分は翌昭和五八年一月にようやく入金となり、いわばあるとき払いのような状態となって、昭和五八年九月一六日以降の分は入金されずに終った。

もっとも、この間、訴外会社は、倒産時までに前記二五一四万八三八一円の負債については一三六五万円を弁済し、残額は一一四九万八三八一円となり、また、前記三〇三四万三〇〇〇円(減額後)の負債については一二〇〇万円を弁済し、残額は一八三四万三〇〇〇円となった。

(三)  取引継続について被告らの認識・判断

(1) 被告永坂について

被告永坂本人によれば、前示のように取引継続を決めた段階において多額な赤字を抱えていた訴外会社としては経営の改善を図るためには売上の向上を目指すしかなかったが、その適切な方策がなかったばかりか、かえって前記の如く市場の移転という売上低下の要因が生じて来ており、訴外会社の経営改善の見通しはほとんど持てず、原告との取引を継続しても、その買掛金の円滑な支払は困難であるかもしれないことを認識していたものであることが認められる。

(2) 被告小林について

被告ら各本人によれば、訴外会社がメイカンの傘下に組み込まれてからは、訴外会社の経営は横井や被告永坂において担当しており、被告小林は取締役とはいえ関与していなかったことが認められるので、被告ら各本人によるも、訴外会社の取引継続について被告永坂が被告小林と協議のうえ実施したとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

しかしながら、被告ら各本人によれば、訴外会社は、被告小林が個人で経営していた企業に被告永坂が勤めているうち、被告小林の長女と結婚したのを機に小林支店として独立した後に法人成りしたものであって、以来被告永坂は被告小林から経営について何かとアドバイスを受けて来ていたこと、訴外会社が昭和五三年に経営危機に陥った際には、被告小林は経営の立て直しに協力していること、訴外会社が昭和五五年にメイカンの傘下に組み込まれる際には、被告小林は訴外会社の取引相手につき選択の余地がなくなり商売上得策ではないとして反対していること、訴外会社が昭和五八年二月に原告との取引を中止するについては、遅まきながら被告小林の意向が強く働いたことなどが認められるので、被告小林としては、昭和五五年に訴外会社の取締役に就任した際には、訴外会社の営業状態を知っていたものと推認される。したがって、被告小林は、訴外会社の取締役として、原告との取引を継続しても、その買掛金の円滑な支払が困難であるかもしれないことを容易に知りうる立場にあったと認めることができる。

(四)  被告らの責任

(1) 被告永坂について

被告永坂は、訴外会社の代表取締役として忠実かつ真摯に業務を遂行すべき義務を負うところ、前記(一)ないし(三)の認定事実によれば、被告永坂は、原告との取引を継続してもいたずらに買掛金の未払額を増す結果に終るであろうことを容易に予見しえたはずであるから、もはや右取引を中止すべきであったのに、漫然とこれを継続したため、原告に対し前記のように五一三八万九五二六円の損害を被らせたものである。したがって、被告永坂は、その職務を行うにつき重大な過失があったことにより原告に右損害を被らせたものとして、商法二六六条の三第一項後段により、原告に対し右損害を賠償する責任がある。

(2) 被告小林について

被告小林は、訴外会社の取締役として同社の健全経営のため万全の意を用うべき職務上の注意義務があるところ、前記(一)ないし(三)の認定事実によれば、被告小林は、訴外会社が原告との取引を継続してもいたずらに買掛金の未払額を増す結果に終るであろうことを容易に予見しうる立場にあったといえるから、被告永坂によって前記取引の継続が行われることのないように監視し、必要があれば取締役会を自ら招集しあるいは招集することを求め、取締役会を通じて被告永坂の右取引の継続を阻止すべきであった。しかるに、被告ら各本人によれば、被告小林は、昭和五八年二月に至るまで何らの措置も講じなかったため、被告永坂の取引行為を継続させるに至り、その結果、原告に対し前記のように五一三八万九五二六円の損害を被らせたものである。

被告小林は、同被告は訴外会社の名目的取締役にすぎないから右のような職責を負わない旨主張する。そして、被告小林本人によれば、同被告は訴外会社から報酬を受けていないこと、同社の業務に関して格別意見を述べたりまた意見を求められたりしたことはなかったことが認められるので、同被告はいわば名目的取締役であったことはいえるが、右に説示の職責は取締役の代表取締役に対する商法上の監視義務に基づくものであるから、同被告の述べるような事情によっては右職責を免れさせる特段の事情があるとは認め難く、他にかかる事情を認めるに足る証拠もない。

したがって、被告小林も、その職務を行うにつき重大な過失があったことにより原告に右損害を被らせたものとして、商法二六六条の三第一項後段により、原告に対し右損害を賠償する責任がある(なお、被告両名の責任は不真正連帯責任と解する。)。

三  以上によれば、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺本榮一 裁判官深見玲子及び同村越啓悦は、いずれも転補のため署名・捺印することができない。裁判長裁判官 寺本榮一)

〈以下省略〉

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